生駒山西麓の寝癒増に発達した四候畷市は、乗高野街道が走り、室町時代には 『太平記』で名高い四條畷の戦の舞台となった地。
楠木氏ゆかりの史跡が点在する市街地を抜け、緑の文化園むろいけ園地へ。
緑豊かなハイキングコースの先には、室池が静かに水をたたえ、都合の喧騒を忘れさせてくれる。

インフォメーション

20012/06/09

JR四条畷駅を出て、JR片町線沿いに歩く。
商店街の終わりにある鳥居から、田園風景の広がるのどがな道を行くと四候畷神社へはすぐだ。
境内から飯盛山登山道に入ったら、いったん御机神社へと下る。
境内を抜けて舗装された上り坂を歩く。
蟹ケ坂ハイキングコースに入れば道標が整備されているので、迷わず緑の文化園むろいけ園地までたどり着ける。

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四條畷神社
明治天皇の勅命で明治23(1890)年に創建され、楠木正成の息子の正行、正時と和田賢秀をまつる。
正行は正平3(1318)年の四候畷の戦で、3000人の兵を率いて6万人の高師直軍を迎え討ったが、激戦の末破れ、正時とともにこの地で討死にしている。拝観自由。